西日本臺灣客家同郷会 創立1周年記念行事 福岡市で開催

0
「西日本臺灣客家同郷会」創立1周年の催し
「西日本臺灣客家同郷会」創立1周年の催し

【福岡訊】「西日本台湾客家同郷会」の創立1周年を記念する講演会と懇親会が11月21日、福岡市内で開催された。当日は全国から関係者約50名が参加した。

記念講演では代表の庄野庸雄氏(台湾名「蕭」氏)が自身の来し方も披露しながら客家の歴史、特徴、同郷会発足いきさつなどを次のように語った。庄野庸雄氏の講演は以下のとおりである。

『「客家」とは西暦450年ごろ中国の華北(中原黄河流域)から戦乱を逃がれて中国南部(主に広東省)に移住した漢民族の子孫と言われる。歴史上5回の記載もある。

コミュニティとしての客家が台湾に渡ったのは17世紀まで遡る。

台湾における客家人口は約500万人で、台湾で2番目に大きな民族集団である。客家の言葉は今の中国語(北京語)とは違って、古い中国語と言われる。戦乱の度に集団で南遷するため、独特の集団住居に住み、差別されるなどの境遇にあったが、団結心が強く、また行動力にも富み、台湾、南洋地方など世界各国に移住する人々も多かった。

蕭家の先祖は第17代目の時、広東省梅県から台湾に移民した客家で、自分は24代目にあたる。

昨年時点で日本国内には関東、東京、関西、名古屋、沖縄に計五つの世界的な客家団体(崇世会)が有ったが、西日本にだけは無かった。

昨年4月に西日本台湾学友会の会長を辞した後に「客家団体を作ったらどうか?」と要望されたこともあったが、その時はあまり必要性を感じずそのままになっていた。

しかし去年の9月5日から12月3日まで、日本国立民族学博物館(大阪)の開館50周年記念特別企画として「客家と日本」と題する展示会が開催され、蕭家を代表して9月4日前夜祭と5日の開幕式に参加し、一家の展示物も出展した。帰りの新幹線の車中で、これは「神様が私にライフワークのヒントを下さったのではないか」と気付き、10月10日に「西日本台湾客家同郷会」を創立することを決めた。

その目的は、①在日台湾客家子弟の台湾客家の伝統に対する理解と尊敬を深め、客家の先祖に対する敬意を喚起すること。また、②台湾や日本の客家の歴史文化研究者と積極的に緊密な連絡を取り合い、学術協力を通じて日本における客家文化を根づかせるとともに発展させ、台湾の客家文化を世界に輝き続けさせることである。

そのため先月台湾で行われた「アジア台湾客家連合総会」にも日本の客家団体を代表して参加・加入した。

日本で生活して45年を過ぎた頃、そろそろ台湾に戻ろうと考えていた時期もあったが、子ども三人と孫五人も北九州市に住んでいている。この家族を守るとともに僑務委員として、九州在住の台湾人の世話をしなければならないなどと考えた末に、客家団体を発足させ、日本の研究者とともに客家の文化や歴史を深めて行く決心をした。今後は団体の本拠を北九州市に置き、日本と台湾を行き来することになる。』

次いで東京都立大学の河合洋尚准教授が「客家と日本」という著書に沿って庄野代表が触れなかった客家の特徴や歴史、台湾における分布状況などについて詳細な説明を行った。その中には中国の鄧小平、シンガポールのリー・クァン・ユー、台湾の李登輝などの著名人も客家であるとの報告もあった。

最後に日本における客家研究の現状に触れ、1周年を迎えた「西日本臺灣客家同郷会」の活動への期待を述べた。懇親会では、駐福岡台湾総領事の陳銘俊氏が次のように述べて、同郷会の発展を祝った。陳総領事の挨拶は以下のとおりである。

 『私も花蓮出身の客家のため、この同郷会の発足は大変嬉しく思っている。

台湾のインフラの殆どが日本時代に作られたものであり、台湾の人々はこれに大いに感謝している。

いろいろな世論調査を見ても台湾人は日本が大好きで、好感度ナンバーワンである。

困った時に助け合う台湾と日本はもはやファミリーと言っても過言ではない。

台湾や日本を取り巻く環境は厳しいかもしれないが、本会の発展によって日本と台湾との関係は、さらに緊密になっていくものと期待している。今日ご出席の皆様には今後とも台湾及び客家を応援していただけるよう、お願いしたい。』

2025.12.1